「〇〇君下敷きを持ってきなさい」
小学校2年生のときでした。 担任のM先生の厳しい声が教室に響きました。
私は世の中の全てがひっくり返るような衝撃を受けました。
 それは理科のテストのときのことでした。
私は前日の日曜日、寝っ転がりながら、教科書の月の満ち欠けの図を見ていました。 (テスト勉強です) 
それを下敷きに書き写したのです。
今思えば、意味のないことなのに新月、三日月、・・・と書き写したのだと思います。
翌日、テスト用紙がくばられました。
先生から見つからないように、慎重にテスト用紙をずらして見たつもりでしたが・・・
子どもですね。 見つかりました。
 私なら肩をたたくとか、視線で注意を送るとかすると思いますが、M先生はそうしませんでした。
私に警告をあたえると同時に、隣の席のUさんに
「その他にない!」
って言いました。
U子さんが机の上を調べて答えました。
「ありません」
私は顔から火が出る・・・どころじゃなかった。
だって、隣の席は大好きなUさんだったのです。 (今のように個人別の机でなく、二人で使う机でした)
 その後、私は同級生から「あんなことしねぇよな」・・・ということばをかけられました。
みんなが話題にしなくなるまでかなりの時間がかかりました。 これは辛かった。
タイムマシンがあったら、「そんなことで点を取っても意味ないよ」って、あのときの私に言ってやれるんだけど。
 四十歳くらいのときだったでしょうか、母に恐る恐る言ったことがあります。
「オレね、小学校のときにカンニングして、先生に捕まったことがあったんだ」
「知ってるよ。 学校に呼び出されたからね」
「エッ!」
「ひえー! 知ってたのかよ。 オレはずーっと悪いことをしたって悩んでたんだ」・・・・これは私の心の中のことば。
家に帰って、親にばれないように平静を装っていたのです。 その芝居を黙って見ていたのか・・・
このときが最初で最後の記憶の確認作業でした。
 しかし、先生のおかげで大きな失敗をせずにすみました。 直接会って、今の気持ちを伝えたいと思っているのです。 出身小学校で消息を調べてもらったのですが、あまりに昔のことで記録も残っていないようでした。
 
 「M先生ありがとうございました」
 「お母ちゃん、怖かったよ」